Interview: 人見礼王(修斗ジム東京) PART1
空手からMMAへ。高出力・高火力ファイター、人見礼王に迫る。
今回は、人見礼王選手(修斗ジム東京)にお話を伺いました。今は、1月に負った前十字靭帯断裂、半月板損傷からの回復中で、試合への復帰を近づいているところですが、修斗ファンであれば、昨年の環太平洋王座決定トーナメントでの野瀬戦の激闘を思い浮かべるでしょう。
当時、プロ修斗3戦目でありながら、何故、トーナメントに抜擢されたのか。それは、やはり人見選手持つポテンシャルの高さ、期待感の高さによるものでしょう。お話を聞いていても、この選手は普通じゃないな、と思わされるシーンが何度もありました。まだ完成形の見えない、尋常ならざる高火力ファイター、人見選手の幼少期から、順番にお話を伺います。
イントロダクション
――― その格好いい人見礼王Tシャツは、mobstylesですね。
はい、mobstylesで作っていただきました。
――― 黒地に墨色のデザインで、渋くてスタイリッシュですよね。
自分たちでデザインしたんですが、REOで、Oはケージ、オクタゴンをイメージしています。
――― そういえば、mobstylesとはどのような接点だったのですか?
モブスタイルは、猿丸ジュンジさん経由で紹介していただきましたね。修斗ジムでは、当時は倉本一真さんもいて、mobstylesが一番、馴染みがあって、練習でも使ってました。ずっと色んな形でサポートしていただいたんですけど、昨年、正式にサポートをしていただきました。
――― 1月の試合(清水戦)で怪我した膝の回復の方はいかがですか?もう本格的なMMAの練習はされています?
もうだいぶ前からやっていますね。MMAスパーなんかも。11月も出られないこともない…というくらいですが、まだ不安要素もあるし、ランキング外だし、焦る必要もないかなと。プロとしてやる以上、万全な状態でやらないとお客様にも失礼だなということもありますし。
――― 年明けくらいまで、ゆっくり時間をかけて復帰ですね。ここまでは、どう過ごされていましたか?
怪我をして手術をしてからの期間は、リハビリをやっていたというよりは、自分の弱みを克服してきました。
怪我をしていないときだと、スパーリングでも自分の強みで戦ってしまって、弱いところがあるとわかっていても、なかなかそこに時間をかけられませんでした。でも、今は、強みである打撃が一時期できなくなっていて、寝業の技の確認とか打ち込みしかできないという状況で。打撃でも、細かいテクニックが上がって、全体的にだいぶレベルアップできて、幸いなことですよね。
少年時代~格闘技を始めるきっかけ
――― では、順を追ってお話を伺います。人見選手は、元々空手出身ですよね。
家の近くに空手道場があって、そこに通い始めたのが、格闘技を始めるきっかけですね。
――― いわゆる伝統派空手ですか?
いえ、最初にやっていたのは、防具空手で、硬式空手のような形式で。
幼稚園から始めたんですけど、空手を始めるまでは、けっこう悪ガキで、喧嘩とかもしていて(笑)。母親が、礼儀を身につけさせようって、近くの空手道場に連れて行かれた感じです。
――― なかなか、やんちゃだったんですね(笑)
体験の時に、ミットとか色々やったんですけど、けっこう強いから試合もやってみるか?って、師範も気に入ってくれて。
母親は、しつけと思って、空手を始めさせたんですけど、それより自分がはまっちゃって、ここまで来た、という感じです。もともと戦うのが好きだったんですよね。
――― そんな小さな頃から、戦うのが好きだったんですね。
そうです。戦うのが好きだから、トミカやプラレールは通らず、アンパンマン・ウルトラマン・仮面ライダーや戦隊もの・ドラゴンボール・刃牙の順で育って(笑)。クワガタが好きだったけど、それも戦ってるクワガタが好きで、結局、何かしら全部格闘っていうか、戦うのが好きだったんですよね。
――― トミカやプラレールに興味を示さないのは、本物ですね(笑)。
そのあと、小学校2年生のときに、同じ道場内なんですけど、伝統派に転向して。
伝統派の初めての大会は川口で出たんですけど、初めて出て優勝しました。
――― 転向して初めての大会でも優勝とは凄いですね。
でも、もともと当てる方から入ったから、当てない空手は、なかなかコントロールが難しくて。個人的には、伝統派よりも(防具空手の)当てる方が好きで、そっちの方が負けなしでした。
――― 防具空手の方も平行して続けていたんですか?
防具空手の練習はしていなかったんですけど、試合があるたびに出たりしてて。
練習していないから弱くなるかというと、そうでもなくて。伝統派の動きが速いんで、逆に、防具空手だけやっていたときより強くなっていて、圧倒的な勝ち方ができていました。防具空手の当てる感覚を備えつつ、伝統派のスピードがあるから、みんなついてこられなくて。
――― なるほど、違った特性の良いところが掛け合わされた感じですね。
伝統派をやるまでは、本当に腕っぷしだけで、威力と多少の技術で勝ってたんですけど、それに伝統派のスピードが加わって強化された感じです。
オリンピック競技になるくらいなので、スピードと技術は凄いんですけど、伝統派は当てたら反則になっちゃうし、競技としては、スポーツ寄りになってたのがちょっと実践的じゃないな、と思って。当てるのが好きだったんですね。
――― なるほど、小さい頃から、殴るのが好きだった…?
殴るのが好きだったというわけではないです(笑)。いきなり手を出したり、一方的に殴るのが好きなわけではなくて、やりあうのが好きということです。
もともと父親が格闘技が好きで、小さい頃から、父親がPRIDEとかを見てるのを後ろから眺めていたり。キックボクシングだったら、重量級の海外勢や、魔裟斗選手とかを見ていました。格闘技が好きでしたね。母親は、そんな野蛮なことをしないでほしいという感じだったと思うんですけど、空手だったらスポーツ寄りだからいいよって。
高校・大学時代は空手部へ
――― その後もずっと空手を続けてきたんですか?
中学までは地元の学校に進学して、勉強を頑張って、高校は高体連に加盟している空手の部活があるところで、偏差値もそれなりに高いところで、勉強もちゃんとできるところを探して。それで、浦和西高校を選んで進学しました。
高校の部活は、自分の時は男子二人で、試合自体は1回戦勝ち上がればいいぐらいで、人数が少ないから団体戦も出られない年もあるくらいのレベルで。でも、個人的に空手は本気でやるつもりでいたから、人数が少ない中でも頑張って、(強豪校の)埼玉栄なんかとやりあっていました。その活躍が認められて、日大に、空手推薦で進学させていただきました。
――― なるほど、空手の推薦で日大に進学されたんですね。日大の空手部は凄そうですね。
高校は強豪校でもなかったし、男子二人しかいないような部活だったので、自分自身で研究して、ひたすら鏡を見ながら練習するような感じで、自分で自分を養う能力は、他の強豪校よりあったかなと思っていました。逆に、自分に足りないもの、必要なのは、もっと厳しい環境と、ライバルというか、同じレベルで競い合える仲間がいる環境だと思って、あえて、厳しいと言われる日大に進みました。
――― 大学の空手部では、順調でしたか?
大学では、和道流という流派の全国大会があって、そこで、1年生で優勝してレギュラーになって…という感じでうまく行っていたんですけど、2年生から新型コロナウイルスが流行ってしまって。コロナ禍で、部活の士気がけっこう一気に落ちちゃって…。
コロナ禍で、MMA志向が加速
――― うわぁ、コロナ禍直撃世代ですね…。
そこで、もともとMMAをやりたいなと思っていて、やるとしても、大学を卒業してからかなと何となく思っていたんですけど…。一応、大学では、空手を頑張るつもりで入ったんですけど、雰囲気が変わっちゃって、頑張ろうにも頑張れない状況で。
――― 岡田嵐士選手と同じパターンですね。大学生活をコロナが直撃して、部活がままならないという…。
結果的には、MMAを始めるのが早まったのが良かったと思っています。今思えば、MMAって奥が深くて、全然時間が足りないですし。早めに取り組めて良かったなって思います。
――― もともと、MMAも始めるつもりではあったんですね。
大学が終わったあとでMMAをやりたいという思いがあったので、早めに就職活動をやって、内定を取って、一通り終わらようと思っていました。
でも、就職活動をやっていく中で、(就職して仕事をするに当たって)本当にやりたいことってあんまりないな、格闘技がやりたいっていう思いが、より明確になってきました。
人生一回しかないので、お金を稼ぐことよりやりたいことがあるから、そっちをやった方が自分としては満足するな、って思って。空手の部活をやりながら内緒で3年生の6月から、修斗ジム東京に入会して、MMAも始める流れになりました。
修斗ジム東京入門・空手部も平行して継続
――― そこで、突然、修斗ジム東京が出てきましたが、そこを選んだ理由は?
不思議に思いますよね?(笑) 普通に考えると、自宅のある蕨から遠いし、通う理由もないと思われるんですけど。
――― 凄く不思議です(笑)。
お世話になってる空手の師範に、MMAをやりたいと相談させてもらったら、師範が、修斗コミッションの佐藤コミッショナーの後輩で知り合いということで、相談してみようという話になって。それで、佐藤会長から、修斗のプロで活躍するつもりなら、修斗ジム東京がいいんじゃないかと紹介していただいて。
――― 凄く意外なルートで修斗ジムにたどり着いたんですね!しかし、空手も続けていた?
部活をやりつつバレないようにジムに(笑)。
土曜日のプロ練習に出るときは、修斗ジムのプロ練で疲れてるけど、全く疲れていないようにバレずに普通に部活もやって、卒業まで部活とジムと平行してやっていました。寮生活だったんですけど、ジムから戻った瞬間に道着に着替えて体育会の練習に行く感じで。
――― MMAのジムに通い始めたことは、周囲には言わずにやり通したんですか?
頻繁に夜の練習に行ったりしていたので、さすがに同期はわかっていたんですけど、監督には、卒業する最後まで言わずに(笑)。
――― やっぱり、推薦入学しておいて、自分の意志で、途中でMMAに行くとは言いにくいですよね。
わざわざ余計なことを言って、ストレスを抱えるくらいなら、自分が頑張って、空手もMMAもどっちもしっかりやればいいやって。
MMAが空手に役立ったこともたくさんありますし、もちろん、空手はMMAにはたくさん役立っていますし。基本的には、自分で選んだ選択が良かったなと思ってます。
本格的にMMAの世界へ
――― そして、大学を卒業して、就職はせずに、MMAの世界へ進んだわけですね。
大学3年生の6月にジムに入って、その年の12月に初めてMMAの試合に出て。下町フリーファイトかな、それがアマチュアMMAデビュー戦でした。
――― アマのキャリアはどのくらいですか?
そこから合計10戦くらいアマチュアで試合をしていて、4年生の12月に、EXトーナメントで優勝してプロ昇格が決まりました。
就職も内定はもらっていたんですけど、そこで、より、MMAをやりたいっていう気持ちが強くなりました。
――― 改めて、プロ昇格でプロでやっていく覚悟ができたと。
今は転職の時代だし、教職を取って体育教員の免許ももっているし、あとから就職することもできるから、今は、一回、やりたいことをやろうと。やるなら、後悔したくないんですよね。環境とか、仕事のせいで練習が出来なかったからみたいな理由をつけて、自分が弱いことをごまかしたくなかったです。
――― めちゃくちゃ真っ直ぐですね。
MMAをやるなら就職せずにしっかりプロとしてやって、そこでダメなら、自分の実力がなかったということで、それはそれで区切りがつくし。
それで、大学在学中の3月で、プロデビューとなりました。
――― デビュー戦は、修斗ではなく、JMMA Rookies Cupでしたね。
もともとアマ修斗ではフェザー級でやってきて、プロではバンタム級にするつもりだったんですけど、急遽、オファーが来て、JMMA Rookies Cupにフェザー級の修斗代表で出ないか?というお話をいただいて。修斗代表も何も、まだ修斗で1試合もやってないんですけど(笑)。
――― あのルーキーズカップは良い企画でした。
色々運良く回ってきたチャンスでしたし、フェザー級は予定より上の階級でしたけど、自分はサイズ的にはバンタムだと少し大きい方で、力を試すのにちょうどいいな、やってみたいなと思って参戦しました。元々戦うのが好きで、戦うことしか考えてこなかったから、なるべくしてなった、という感じでしたね。
MMAを選んだ理由
――― そもそもの話で遡りますけど、MMAをやりたかったというのはどうしてでしょうか?
MMAでやれるっていう自信はあったんですよね。別に空手でトップになったわけではなくて、たいした選手でもなかったけど、元々当てるのが得意で、フィジカルも昔から…それこそ小学生の頃から強かったんですよね。フィジカルと打撃は自信があったんですけど、やっぱり「最強」を目指すなら、総合格闘技かな、という思いがあって。立ち技も好きだけど、寝かされたら終わりって言うのも嫌ですし。
小さい頃にPRIDEで見たヒョードルみたいに、組んでも、打撃でも強いっていう、本当の強さというか、MMAに憧れがあったんですよね。
――― PRIDE、RIZINの他にも、修斗やパンクラスがあることは知っていました?
全然知らなかったです。MMAを始めてから、色んな団体のことを知るようになって、そこで改めて修斗が昔からの団体で、その素晴らしさ、かっこよさというものに初めて気付きました。それまでは、「シュート」って言われても、名前は聞いたことがあるけど…みたいな感じで全然知らなかったです。
――― なるほど。名前くらいしか知らなかったわけですね。
MMAを始める1,2年前に、師範と一緒に、新宿FACEに初めてMMA、修斗の試合を見に行ったんですよ。メインが加藤ケンジ選手vs齊藤曜選手の試合で。
――― ああ、新宿FACEの!(2019年12月22日)
最初、加藤選手が組みで齋藤選手にやられてやられて、最後、加藤選手がぶっ倒すっていう試合で。あれを見て、自分もプロになって加藤選手と戦ってみたいなって思いました。実際に、自分が加藤選手と試合が決まったときは興奮しました。
――― 運命的な試合だったわけですね。
自分が初めて見に行ったMMAのメインを張っていた加藤ケンジ選手と試合ができるんだって。
アマ修斗~プロデビューまでの道のり
――― しかし、大学を出て就職をしないという選択をして、ご両親は快く思っていなかったのでは?
そうですね…一応、高校もそれなりのところを出ていて、大学でも勉強はちゃんとやっていて、それなりの成績を取っていて、親としては、多少は思うところはあったと思うんですけど、自分がやりたいと思うことをそんなに否定せずにやらせてくれるタイプで。
あとは、卒業までにプロ昇格をしたというのも大きかったですね。アマ修斗で結果を出して、自分はMMAでやっていけると思う、というのをしっかり伝えられたのが良かったと思います。もし、アマで全然勝てなくて、何をやってるんだよ、という感じだったら、真面目に働きなさいということになったと思うんですけど、そこは頑張って結果を出したから、評価してもらえたんだと思います。
――― そのプロ昇格を得た、EXトーナメントは3試合くらいでしたよね。どんな試合だったんですか?
EXトーナメントには、強いけど全日本で結果が出せなかった選手が集まってくるので、だいたい、どんな選手かはわかっていたんですよね。自分も全日本には出ていたので。
2022年全日本アマチュア修斗
――― 2022年の全日本アマ修斗ですね。アマ修斗の方を、すこしずつ振り返ってもらいましょう。
全日本は、マスタージャパン山口の松岡琉之介選手に負けて1コケしたんですよ、投げられて(笑)。
――― あの年は、中務選手が優勝で、松岡選手も3位でしたね。
打撃は当てたんですけど、すぐ組んできて。切ろうとしたら、また差し上げて投げる、みたいな感じで。その時は、投げの耐性がまだなくて。組まれて、投げられて、立ってまた投げられてと、それ以上やらせなかったけど、こちらも何も出来ずに印象悪い試合で。
――― 強い選手にありがちの、全日本1回戦負けでしたか。
その前の関東選手権も含めて、自分は10戦して2敗してるんですけど、2回とも柔道系の投げで。関東選手権では杉野光星選手に、組まれて投げられて、頑張って立っても、また投げられて。関東も全日本も同じやられ方で、そんなに簡単に投げの耐性なんかつけられるわけないな、って気付いて。今までは、当てて、切って、というスタイルだったんですけど、そこから、自分で組みに行くという選択肢をつくっていきました。
――― 少し、自分のスタイルの幅を広げるように。
ただ、いきなり、EXトーナメントというのは不安だから、その前に、大森のゴールドジムでのワンマッチ(東京フリーファイト)を戦って、今までと違うスタイルを試してから、EXトーナメントに出ましたね。
EXトーナメント2022
――― EXトーナメントでの試合はいかがでしたか?
あの時は、TRIBE TOKYO MMAの成田寿愛選手が圧倒的に強い選手だなと思っていて、成田選手が山場、自分が乗り越えるべき一番の相手だと注目していました。以前みたいに、当てて、タックル切ってという戦い方だけでは、アマ修斗では勝てないと前の敗戦で学んでいました。組みの強い相手に、自分から組みに行くという戦い方をするつもりでした。
――― 1回戦は沢木選手で、2回戦で成田選手だったんですね。
沢木選手との試合では、組みに行って、寝かして、勝つことはできたんですけど、組むのに慣れてないから、試合後、めちゃくちゃ疲れて。1回戦が終わっただけで、前腕に乳酸が溜まりまくって、これはヤバいなと思っていたら、成田選手は1回戦を普通に速攻でチョークで決めていて(笑)。
――― だいぶ疲労に差が出ての2回戦になったわけですね。
山場と思っていた成田選手との試合で、自分はもうヘトヘトの状態。相手はけっこう元気な感じで。でも、ここで勝たないといけないんで、全部をかけるつもりで、テイクダウンを取ったり、フルに戦って勝つことができました。そのあと、決勝が宮口選手でした。
――― 昨年の新人王で、連続KO勝利で話題の宮口龍鳳選手ですね。
当時は、打撃が強い選手でしたが、組みはまだ穴があるかなという感じで見ていて、凄く膝が強い選手だなと思いました。打撃をやりあって、カウンターでタックルを入れるような展開の中で、自分が疲れてるのもあって、組みに行ったときに膝を的確に当ててきて。
宮口選手は、プロになってから文句なしの結果を出してて、間違いなく強いですよね。倉本(一真)さんとの試合で色々見えるかなと思って楽しみだったんですけど、流れてしまって。その試合は見たかったですよね。
――― 宮口選手は今ランカーで、少し先を行かれてしまっているけど、追いつきたいですね。
怪我をした当初は、ここからどんどん上がっていくつもりだったので、凄く悔しい気持ちもあったんですけど、最近は、組みも打撃も強くなっているという実感もあるので、そこまで焦る気持ちもなくて。いつでも…いずれ、戦って勝てば良いかなと思ってます。どうせ、自分はランク外になっちゃったので、今は、来た相手を倒そうと。
――― ちなみに、ランキングは気にしますか?
今は気にしていないですね。自分の方がランキングが上だから下の選手とやりたくないということはなくて、下の方に本物がいるなら、その本物の強い奴とやりたい、という感じです。ただ、今の自分は下の分際なので(笑)。
(つづく)
小さいころから、戦いが好き。そして、大学体育会空手部に所属しながら、平行して、修斗ジム東京にも通う。その時点で、尋常ならざるものを感じさせてくれました。まずは、アマからプロ昇格するまでキャリアまでを語ってもらいました。PART2では、MMAプロデビュー戦から振り返ってもらいます。
<人見礼王インタビュー>
PART1: https://fightmemo.com/fighter/1749
PART2: https://fightmemo.com/fighter/1771
PART3: https://fightmemo.com/fighter/1772




