Interview : 嶋屋 澪(SISU MMA & BJJ) PART 1
修斗では、現在、2025年度インフィニティリーグが男女ともに行われ、大阪の選手が参戦しているのですが、その中から、嶋屋澪選手と片山智絵選手のお二人にお話を聞くことができました。
嶋屋澪選手からは、めちゃくちゃ気持ちの良い言葉が続きます。素直に、痺れました。看護師の資格を取得して、格闘技をしたくて小倉から大阪に出てきて、ひたすら強さを求める。プロデビューまでを前編として掲載します。
幼少期から新極真で空手を学ぶ
――― 元々ご出身は福岡ということでしたよね。
福岡県北九州市の小倉です。
――― 小さい頃は、空手をやっていたと伺いました。
フルコン空手をやっていました。父の影響で、中学校3年生まで新極真会で。一つ上に兄がいるんですが、先に兄が入門していて、それを追って、自分も入門した感じですね。
- 新極真会時代 ご兄妹で入門
- 新極真会時代の嶋屋澪選手
- 新極真会 緑健児さんと
――― 空手の方は実績はどうだったのでしょう?
福岡県の試合くらいしか出ていないですし、女子が少ないということもあるんですが、入賞はわりとできていたかなと思います。全九州大会準優勝とか3位とか。一応小学校5年生から中学校2年生までは、ユースジャパンというものに選んでもらって、強化選手として、全国の強い選手と練習合宿などをやっていました。
――― 空手は中学校3年までということでしたが、そのあとの格闘技のキャリアはどのような感じでしたか?
空手は高校受験を機に一回離れました。20歳で看護師として兵庫県の大阪よりの川西市というところに出てきて、近所のキックボクシングジムに入会しました。
そこでやっているうちに、アマチュアの大会に出場させてもらいました。
――― 空手の次に、キックボクシングに移ったんですね。
ただ、そのあと、コロナ禍に入ってしまって、看護師としての仕事が忙しくなってしまって、キックボクシングの試合も1年半くらいは何もできない感じでした。その時のタイミングで、新しいことを始めようかな、と思って、MMAに転向したという感じです。
看護師ながら、プロ志望。格闘技をやりたくて、大阪へ。
――― 看護師になられても、格闘技はずっと続けようと思っていたのですか?
そうです。もう、格闘技をやりたくて、大阪に出てきたというのまであります。最初、学生の時にキックボクシングをやってみたい、と両親に伝えたら、「これから看護師として働いていくはずなのに、何を目指してるの?」みたいな感じで言われて。
――― それは、親御さんからしたら、そうかも知れません。
でも、私は、看護師の資格を取ったら、少し現場を離れても、いつでも戻れると思っていたんです。だから、資格だけは絶対取ろうと思って。
――― 手に職をつける、それも、看護師という貴重な医療職ですからね。
それで、資格を取って、親の目の届かないところに出てやろうみたいな感じですね(笑)。だから、全然、選手を目指すとか、プロを目指すとか、何も言わずに出てきて、最初はキックボクシングをやっていることも言ってなかったです。
ただ、SNS、Instagramにあげていたんで、「ああ、なにかやってるんやな」ってうすうすはわかっていた、みたいな感じです。
――― では、最初からプロ志望で格闘技に取り組みたかった、ということなんですね。
はい、小さい頃から憧れがありました。
――― 具体的に、憧れの方などはいたんですか?
山本美憂選手ですね。美憂選手はレスリングの方ですけど、RIZINとか出ているのを見て、わぁ、凄いな!と。あとは、ミルコ・クロコップ選手がめちゃ好きですね。お父さんがちょうどPRIDEとかの世代だったので。小さい頃からテレビでも見ていましたし、ずっと憧れていた感じです。
――― 山本美憂選手は、前回の嶋屋選手の試合の時に、後楽園ホールに来てましたよね?
ですよね! KRAZY BEEの選手の応援にいらっしゃってましたね。華がありますよね。
――― ミルコはどのようなところが?
ミルコ好きです。あのハイキックが!
――― ちなみに、キックボクシングはどちらのジムに通っていたんですか?
豊中のHIGHSPEED GYMというところで、K-1の和島大海選手がインストラクターとしてきていたんで、教えてもらっていました。
――― 和島選手って、良いキャラの選手のようですね。
ジムに体験に行った時に、和島選手が「じゃあ、俺の真似してね」って見本に見せてくれたシャドーがサウスポーやったんですよ(笑)。それで、自分が真似してその構えでやってて、そのまま、今、サウスポーになってるんですよ。
――― えー、マジですか?
自分、空手の時は、右も左もあまり決まってなくて。元々、左利きっぽい要素は自分の中にあったんですけど、両親が右に矯正したので、スポーツも特にこだわりなくやっていて、そんなに左利きっていう感覚はなかったんですけど、それをきっかけにサウスポーになったという感じですね。
――― やってみたら、左利きの適性があった、ということなんですね。
そうですね。今は、もうオーソドックスでやるとちょっと違和感がある感じです。
――― お箸を持ったりという生活は右のままで。
生活の利き手は右手のままです。でも、とっさの時には、たとえば、改札でタッチするときとかは、左手が出ちゃうことがありますね。
そして、SISUでMMAへ。
――― そのあと、キックからMMAに転向されたのは?
23歳までキックをやっていて、24歳になる年に、MMAに転向して。
ジムの社長さんと、現在所属しているSISUの岸本先生との繋がりがあったので、MMAやりたいなら、そこに行ってみたら良いんじゃないの?ということで教えていただいて。まだ、SISUができたばっかりの頃でした。
――― やっぱりMMAをやりたいという感じだったんですね。
初日、体験の日に、もうヘッドギアを持っていって。本当は、アポを取って、予約して、体験に行かなきゃ行けなかったらしいんですけど、自分がそれを忘れていて、あ、やばいと(笑)。
日曜日も営業しているんですけど、日曜日の朝、ジムのあるビルの下で、岸本先生に連絡を送って、「あれ、連絡したけどまだ読んでないですか?」みたいな雰囲気を出して体験に行かせてもらいました。ヘッドギアも持っていったので、「あ、経験者ですね。」って、軽くスパーリングまでさせていただきました。
――― SISUでは一般クラスとは別に、プロ練がきっちりあって、みたいな感じですか?
SISUではまだ、選手が自分と田中和広選手(9/7プロ修斗大阪大会BORDERに出場)しかいなくて、田中さんも、昼間は働かれているので、どうしても、夜の時間しか来れないんですよね。なので、クラスのない時間にプロ練をやりますよということで選手を出稽古に来ていただいて、プロ志望の人たちとで集まって練習していますね。
基本的には、レッスンと一般会員さんの混ざったクラスで練習です。
――― 空手、キックボクシングという立ち技からMMAに転向した当初は違和感、難しさなどがありましたか?
キックでも、ぴょんぴょん回っていくタイプのスタイルだったので、そこは凄く苦戦していますね。すぐに持って行かれてしまう感じで。立って始まって、絶対寝業になるんで、やっぱり寝業は大事だな、いくらストライカーだと言っても、寝業ができないと勝てないな、って思いました。
――― 岸本代表は、コブラ会で活躍されてましたけど、どちらかといえば、DEEPとか他団体のイメージが強くて、今回、嶋屋選手を修斗に出してくれてありがたいな、と思っています。
それが、修斗でないと、女子の試合がなかなか組んでいただけなかったんですよ。色々な大会にエントリーするんですけど、「対戦相手がいなくて申し訳ないです」みたいな返答で、全然試合ができなくて。それで、試合を組んでくれたアマ修斗にあがって、そのままプロ修斗に出ているという感じです。
アマ修斗から、トライアウトへ
――― そういう事情もあったんですね。確かに、アマ修斗も女子の試合を組むのは苦労しています。
女子は少ないですよね。自分も地方選手権はエントリーしたんですけど、やっぱり対戦相手がいなくて、そのまま全日本に出場したという状況でしたね。
――― ワンマッチ大会は出場されていました?
和歌山のASHでやった大会に組んでもらって出場してますね。その前に、初めて出たのが、大阪の直心会のアマ修斗で。その時の対戦相手が、今度11月に対戦する片山選手ですね。
――― 片山選手は、その時点で対戦済だったんですね。
その時、多分、片山選手は柔術を1年くらいやっていたかで、自分はMMAを始めてすぐくらいで、一通り練習してたというくらいだったんで、もうボッコボコにやられましたね。
――― そのあと、全日本アマ修斗に出場されたんですね。初戦はプロレスラーの小波選手と対戦でしたね。
はい、2023年度ですね。
――― 全日本アマ修斗は決勝で、高田選手と対戦でした
はい、全日本アマ修斗は女子ストロー級準優勝で、そのあと、COLORSでトライアウトに参戦させていただきました。
――― 植田咲選手が対戦相手でしたね。
ガチャガチャ来るんで、凄くやりにくかったですね。その時は52kgでやっていたんで、体が大きかったです。
――― そうえいば、そのトライアウトの時、嶋屋選手は凄いボリュームの髪型でしたよね。
そうなんですよ。スパイラルパーマかけてたんですよ。あれは、看護師をやってて、ある日突然、スパイラルパーマをかけていったから、病院で「何!その頭!」って言われて怒られたんですけど(笑)
あれも、クルクルってやるのがやってみたくて、ポニーテールみたいな形で編み込みして、上だけフワフワっていうセットしました。
――― めちゃくちゃ印象的でした。嶋屋選手って、見た目以上にとがってますよね。
でもその前は、中を全部剃って、ポニーテールにしたら、中はツーブロックみたいにしたり。
実家が散髪屋なんですよ。だから、髪の毛に関しては、何をしても、派手すぎだとか、これはダメだろとかいう感覚が余りなくて。けっこう奇抜なのが好きですね。お母さんも刈り上げだったりするので(笑)。
- トライアウト戦でのスパイラルパーマ
- アマ修斗でも気合いの入った髪型
――― 試合の方に話を戻すと、トライアウトは植田選手に対してKOでしたよね。
2ラウンドに、ボディを打ったあとに、上に振ったフックがうまく当たって倒れてくれた感じですね。やりづらかったですけど、勝てました。
大阪でプロ修斗デビュー
――― そのあと、プロデビューが、12月末のプロデビュー戦でFukky選手ですね。
やっぱり強かったですね。計量の時に見かけて、もう肩幅から違いすぎて、デカいなと思って。始めて50kgで試合をしたんですけど、50kgでも対戦相手がこんなに大きいんだとビックリしました。
――― Fukky選手は、フレームがしっかりしてますよね。
もともと柔道をやってて、大道塾でも活躍されて、修斗ジム神戸はグラップリングの強い選手が集まっているんで、練習もされてると思うんですが、テイクダウンできなくて、強いなと思いました。壁に押し込まれて、返して逃げたかったんですけど、押しても、引いてもドシッとしていて。
――― でも、その強いFukky選手には、ドローでした。
最後まで詰め切れずに終わってしまって。2ラウンドにミドルを蹴って、少し嫌がるような感じだったんですよ。そこでもっと詰められていれば、印象も変わったかなとは思うんですけど。1ラウンドは壁に貼り付けられて終わっていて、2ラウンドでやっと巻き返せたかな、という感じでした。
Fukky選手も試合するまではずっと一緒に練習させていただいていたんですよね。本当は、お互い、別の選手で対戦を予定していたんですけど、どうしても二人でやってもらうしかないということになって。
――― 女子はまだまだ選手層が薄いので、どうしても、体重を融通してもらって何とかカードを組むということも多いですからね。
そうですね。Fukkyさんに50kgにしてもらって実現した、という感じですね。Fukkyさんは49kgの選手で、自分は52kgでしかやったことがないから、そこまで落とせるかどうかわからなくて。それで、間を取って、50kgでどうですか?ということで、試合を組んでいただきました。
(PART2へ)
以上、プロデビュー戦までを、PART1としてご紹介しました。めちゃくちゃガッツがある選手というのが伺えます。一方で、ご実家の影響で多彩な髪形を楽しむおしゃれな女子の一面も。個人的に、お父様の影響で始められた新極真会で、小さな巨人、緑健児さんとのツーショットが羨ましいです(笑)。
PART2では、現在参戦中のインフィニティリーグについて振り返りと展望。さらに、そのあとのキャリアについて伺います。
<嶋屋澪選手>









