Interview : 杉本 静弥(THE BLACKBELT JAPAN)|同じような境遇の人を勇気づける存在になりたい
今回は、杉本静弥選手(THE BLACKBELT JAPAN)にお話を伺いました。杉本選手は、2026年3月29日のプロ修斗後楽園ホール大会で、高岡宏気選手と対戦予定です。
福岡出身。幼少期から大学まで柔道を続けて、就職後、30歳を機にMMAに転向。現在4連続KO勝利中、うち、3試合は1RKOという衝撃の結果を重ねているプロキャリアを駆け足で振り返りつつ、杉本選手の思い、考え方を伺いました。かなり長いインタビューとなりましたので、noteにはダイジェスト版を用意しました。
杉本選手がどんな選手なのかをまずは知りたい、という方は、noteをお読みいただき、そこから、杉本選手のことをより深く知りたいという方は、こちらのFIGHT MEMO interviewを通読いただければ。
ちなみに、杉本選手は、会場で観戦されていることが多いです。割と他人の試合に興味のないプロも多いと思いますが、いつも、じっくり最後まで観戦されてて、少なからず感心しております。
幼少期から大学まで柔道 しかし不完全燃焼
―― プロフィールの基本的なところから伺いたいのですが、元々、福岡ご出身ですよね。
はい、福岡の八女市の出身です。
―― Instagramのプロフィールを拝見すると、ずっと柔道をやってらしたんですよね。大学まで柔道で行かれたんですか?
一応そうですね。戦績はあまりよくなかったんですけど、5歳くらいから大学まで柔道をやっていました。
―― 福岡と言えば、柔道強豪県ですよね。
福岡は柔道が強いんですけど、中学校が凄い強豪校で、団体で全国2位になったようなチームでした。めちゃくちゃ層が厚くて、自分はレギュラーではなかったんですけど。自分の姉も柔道をやっていて、その流れもあって自分も同じ沖学園という高校に進学しました。沖学園はプロゴルファーがかなり出ているようなところですね。
―― 大学は岩手の方へ。かなり遠いですよね。
真逆の方に行った感じですね。柔道で強くなりたい、という思いがあったんですけど、大学時代は、競技的に苦い思い出しかなくて…。
―― ああ、表情から察するに、本当に苦いお話のようですね…。
自分は、柔道しかやってこなかった人生なんですけど、柔道が強くなりたい、そう思ってやってきました。強くなりたいのに、色々あって、そこではそれが難しかったという。それまでに、(小さなころから)凄く両親に色んな苦労を掛けてきたという思いがあって、その分、柔道で成績を残さないと自分が納得できないというか。
―― なるほど、大学時代は、なかなか自分が望んだ環境や結果が得られなかったんですね。
だから、大学時代は本当に最後の最後まで不完全燃焼で。
―― その不完全燃焼のまま、就職することになるわけですね。
自分としては、ずっと柔道に携わっていきたいなという思いはあったんですけど、この時には自分でも現実は見えていて、「俺は、柔道では食っていけないな」というのはわかっていて。やっぱり、トップクラスにならないと、そういう環境ってないんですよね。それでも親のことを考えると、早く安心させなきゃいけないということで、一回、就職して。
―― それが警察官だったのですか?
最初は、株式会社THINKフィットネス(GOLD’S GYM)に入社したんです。ただ、家庭の事情などで、すぐやめることになって、福岡に帰ることになったんです。そこからしばらくアルバイト生活になったんですけど、1年間、何もできてなくてヤバい!ということで、警察官の試験を受けた感じです。その時は、親を安心させなきゃいけない、っていう思いだけでした。
―― そういう経緯で警察官になられたんですね。
ちなみに、THINKフィットネスでの研修中に、マスタージャパンの弘中さんがいらっしゃったことがあって、声を掛けさせていただいたこともあって。
―― そんなところで、MMAとご縁があったんですね。でも、柔道からMMAへどうつながっていくんですか?
警察では、武道訓練とかあって、体を動かすことはできたんですけど、警察学校を卒業して、新任配置が博多駅前交番で。勤務しながら、自分の人生って、このままこんな感じなのかな、と思っていたところに、機動隊への異動があって、逮捕術特別訓練員というのがあるんですけど、そこで逮捕術をやることになりました。そこで、いろんな思いを抱えつつも日々を過ごす感じで。
CARPE DIEM福岡でMMAに触れる
―― どうやら、警察時代も、不完全燃焼な感じがしますね。
博多署勤務の時に、寮までの帰り道に、CARPE DIEM福岡があって。自分の柔道での不完全燃焼から、まだ何かできる!何かやりたい!っていう思いがあって、毎回、通るたびに中を覗いてたんですよね。そうしたら、中から声を掛けてくださって、体験に行って、すぐ入会しました。それが、総合格闘技を始めるきっかけでしたね。
―― 元々、総合格闘技、MMAという競技は知っていたんですか?
全く知らなかったですね…。子供の頃の、山本KID選手とか魔裟斗選手とか、テレビでチラチラ見て知っているくらいで。詳しいこともないですし、柔道しか目が行ってなかったですね。
―― 格闘技と言えばイコール柔道、という感じでしたか。
本当は、その当時も柔道をしたかったんです。
―― さかのぼると、もともと、柔道を始めたのは、お父様がやっていたとか、そういうところですか?
いえ、姉の影響ですね。姉が柔道をやっていて、自分もその道場にいって、自分もやってみたいって言ったみたいです。 小学校だけは地元だったんですけど、中学校も、柔道が強い学校に行きましたね。みんなが勉強している時も柔道をやってて、小学校の頃から、自分は柔道で食っていくんだ、って勝手に思っていました。
―― それくらい、柔道が好きだったんですね。
凄く好きでしたね。でも、今、MMAを始めてからは、完全に離れました。未練は残したくないというか。柔道はもう無理だって終わらせないと…。柔道は不完全燃焼だったけど、だからこそ、自分はまだできるって思ったから、MMAに転向できたんだと思います。俺はまだできる!総合でまだできる、俺は、もう、こっち(MMA)に決めた!と。

