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Interview : シヴァエフ(リバーサルジム新宿Me,We/2024年度修斗ライト級新人王)PART 1

2025.07.31

シヴァエフとは何者か?

2024年度のプロ修斗ライト級新人王 のシヴァエフ選手にお話を伺いました。個人的にはデビュー戦から全試合を観ていて、馴染みのある選手ですが、東京での試合はまだ2試合のみ。まだどんな選手なのか、よくわからないファンも多いかと思います。そこで、「シヴァエフとは何者か?」ということで、ベーシックなことから尋ねていきました。
MMAのキャリアは3年ほど。工学系大学院修了という履歴を一見して想像する、知的でクレバーな高学歴理系ファイターという印象から、話を聞き進めるうちに、179度くらい印象が変わっていきます。

インタビュー時間は短かったのですが、細かい話まで書き起こしていたらちょっと長くなったので、PART1とPART2に分けることとしました。お好きな方からお読み下さい。

Interview : シヴァエフ(リバーサルジム新宿Me,We/2024年度修斗ライト級新人王)
PART1 https://fightmemo.com/fighter/1061
PART2 https://fightmemo.com/fighter/1085

シヴァエフの基本を知る。

――― プロフィールの基本的なところから伺いますね。

生年月日は、1999年10月7日で、今年26歳です。

 

――― 入場曲は?

Fall Out Boy の Championです。

――― ご自身のファイトスタイルは?

ファイトスタイル…ファイトスタイルですか…。戦績的には、ストライカーっぽくなっちゃってるんですけど、自分的には、もっと、こうオールマイティーに戦ってるつもりだったんですけどね(笑)。

――― 確かに、戦績を見ると、打撃で崩して、パウンドアウトでフィニッシュしてるものが多いですよね。

自分は、KENZO選手との試合で初めてKOしたんですが、それまで、アマ修斗でも1回もKO勝利なんかなかったんですよ。一本勝ちが3つくらいだったんで、ストライカーという感じではなくて。だから、宮崎先生と話していて、「どこかで倒せるタイミングがくるよ。」とみたいなことを言われても、そんなことあるのかな?って思っていました。

――― でも、実際、そんなことがあったと。今はストライカー的なファイトスタイルが目立つけど、まだまだ先があるわけですね。

はい、KENZO選手との試合でKOを奪えて、その辺から自信がついてきたって感じですね。でも、目指すのはオールラウンダーです。

高学歴理系ファイターとしての側面

――― 試合のことはまた、後ほど聞くとして、ご出身は広島の呉ですよね。

呉ですね。そこから山口大学に進学することになり、山口に行きました。山口には大学院修士課程まで行って、今は就職で東京に来ているというところです。

――― 大学院での研究テーマはどんな内容だったんですか?

情報系だったので、研究テーマは、格闘技映像から、その選手の動きを抽出して、時系列順に並べて…というような画像認識というか、情報関係の研究でした。

――― 今時の、凄く面白そうな研究ですね。

ただですね、実際、僕はあんまりやりたくなくて、それは(笑)。

――― え、どういうことですか??

格闘技の練習をして、研究でも格闘技を扱うと、頭の中が全部格闘技だらけになっちゃうな、と思って。休むときがなくなっちゃうと思って、やりたくなかったんですよ。
でも、自分の研究室の先生がちょっと変わった先生で、「お前は格闘技をやってるんだから、テーマも格闘技にした方が良いよ。」ってずっと押してきて。それで、自分が折れた形ですね(笑)。

――― なるほど…。大学・大学院では研究しながら、スポーツはバスケットボールをやっていたという話でしたよね。

はい、そうですね。小学5年生からバスケットをやっていました。ポジションでいうと、パワーフォワードで、有名どころでいうと、八村塁選手のやってるポジションですね。

「RIZINが何かもわかっていませんでした。」

――― そこから格闘技に入っていくきっかけはなんだったんでしょうか?

きっかけは、体育会系の部活として毎日バスケットをやっていたのが、引退すると、それがなくなって、暇になるわけです。その暇になった時間を、最初は筋トレに注いでいたんですけど、なんか面白くないなって思って。勉強以外にやることがなくなっちゃって、何かやりたい。じゃあ、もう一回、社会人でバスケットをやるかと言われると、そこまでのモチベーションは保てなくて。どうせやるなら、違うことをやろうと思って、色々調べたところ、近所に有永道場TeamResolveがあって。たまたまですね。本当に。

――― 近所にあったから!

はい、近所にあったのがボクシングジムならボクシングをやっていたかもしれないし、柔道教室だったら柔道、レスリングだったらレスリングだったかもしれなくて、本当に巡り合わせですね。MMAでも、マスタージャパン山口宇部だったかもしれないです。

――― では、MMAをやりたいから始めたということでもなかったんですね。体を動かせればいいな、という感じだったんですか?

入ったのがMMAのジムだから、MMAをやりたいな!みたいな感じでした。最初は週2回くらいクラスに出るくらいで。

ちょっとやり始めると、もっとしっかりやりたくなっちゃって。宮崎先生(宮崎“師範代”清孝 代表)から、「じゃあ、打撃をやった方がいいよ!」って言われてキックボクシングクラスに出始め、「もっと寝業もやった方がいいよね!」といわれてグラップリングクラスにも出始めて、「グラップリングをやるなら、柔術もちゃんとやった方がいいよ!」と言われて、柔術クラスにも出る。結局、3ヶ月くらい経ったら、全部出るようになって、毎日ジムにいるようになっていました。乗せられましたね(笑)

――― ということは、もともとMMAはほとんど見たことがなかった?

全然見てなかったです。だから、選手も知らないし、団体も知らないし、ずっとRIZINが何かもわかってなかったんです。

――― 見たことがないどころか、全く知らなかった?

ちょうど入会した年(2022年)に、RIZIN TRIGGER 3でグスタボ選手と矢地選手の試合があって、「あ!あの人達ってMMAの選手だったんだ!」って思って。SNSで流れてくるから、名前くらいは何となく知っていたんですよね。
そこで、やっと、「あ、あの人達と同じMMAをやってるんだ、俺!」と理解して。そのあとに、朝倉未来選手もMMAの選手だってことに気づくくらいで(笑)。
格闘技っていうと昔のK-1くらいしかイメージがなくて、K-1が進化したらRIZINになったのかな?くらいの印象しかなかったです。

――― そこまでピュアな状態で入会してからプロにまでなった人は初めて聞きました。

たぶん、なかなかいないですよね。それが、今や、自分がMMAプロ選手になるなんて(笑)。

アマ修斗デビュー

――― 毎日ジムに行くようになり、練習を重ねて、アマ修斗に挑戦されたわけですね。

最初はビギナー修斗というものに出ました。練習を始めて3ヶ月くらいでしたね。
ちょうど、ジムのある宇部での開催で、「へぇ、試合やるのか。見てみたいな。」と思って宮崎先生に見に行っていいですか?って尋ねたら、「出ないの?」って言われて。
その時、体重が92,3kgあって、凄くデカかったんですよ。試合に出るには減量もしなければいけないし、殴られたら痛いし、絶対嫌だなと思っていたんですけど、周りの人も「出ればいいじゃん!」「痩せたら生活とかも変わるよ!」と乗せられて、結局、出ちゃったんですよね。
それでも、その時は、なんか結果が出て、うまく勝てちゃって。そのまま調子に乗って2ヶ月後にアマ修斗出たら、ど派手にKO負けしました(笑)。

――― アマ修斗でそこまで重いと対戦相手もいなかったのでは?

その時はミドル級で出たんですけど、たまたまなんですけど、その時は毛利道場の選手が出てくれて、偶然試合が成立して。その時、試合が決まっていなかったら、今、こうなってはいないですね。

――― 山口は地元で開催される大会があるし、アマ修斗には良い環境ですよね。

宮崎先生は、練習をやってると、試合に出なよ、と勧めてくるタイプで。練習に来ていなければ言わないんですけど、練習に来ている人たちには、老若男女問わず、小学生でも「試合に出ない?」「試合出てみれば?」と積極的に勧めて来るので、見事にそれに乗せられた感じで(笑)。

――― そのアマ修斗デビューから選手権へ挑んでいくわけですね。

選手権に出るまでは3,4試合くらいですかね。オープントーナメントにも2回出たんですけど、1回目は1試合目の相手がインフルエンザで欠場して、初めて出たのに、いきなり決勝進出したものの漬けられて負けました。
2回目のトーナメントは、よし、2試合できるぞ!と期待していたら、初戦の相手が計量オーバーで。決勝の相手は、(元同門の)グラップラー脇選手でしたが、その時は何とか勝てて優勝でしたが、それくらいの戦績で、選手権に出ちゃったんですよね。

――― だいぶ、一気にスキップした感じですね(笑)。

オープントーナメントも勝てたし、選手権も行けるんじゃね?という雰囲気もあったんですよ。選手権には出たこともないし、見たこともなかったので、自分も、その気になってて。
それで、フリーファイトと同じ感覚で、いざ、選手権の会場に行ったら、「雰囲気、怖っ!」と思って。
やっぱり、もうプロになってやるぞ!という人たちが一杯いるわけだし、キッズもいないし、雰囲気が全然違う。あ、怖いって思いましたね。

――― 確かに、選手権の会場には特有のピリピリした緊張感が漂っていますよね。

絶対行けると思って出たんですけど、1回戦でボコボコ殴られて負けまして。
そのあと、四国選手権に出たんですけど、前回ボコボコに殴られて負けてるから、「わかった。俺は打撃をやっちゃダメなんだ。グラップラーになろう。」と思って、寝業に挑んだんですけど、なれないことをやり過ぎて準決勝で負けてしまって(笑)。

その1週間後に九州選手権だったんですけど、(同門、同階級の)グラップラー脇選手との約束でウェルターとミドルを交互に出ようと言うことになっていたんで、今回は僕がミドル級でエントリーしました。その時、体重が78kgくらいしかなくて(※修斗のミドル級は-83.9kg)、これは無理だ…と思ったけど、壁(ケージ)があったのが良かったのか、何故か3つ勝てて優勝しちゃって。そこで、「あ、俺はケージレスリングが武器なんだ。」と思って、全日本選手権まで、めちゃくちゃケージレスリングの練習をやったんですよ。

――― その九州選手権の優勝の実績をひっさげて、全日本選手権にエントリーしたんですね。

余り言いたくないですが、全日本の前にぎっくり腰をやってしまって。何とかケアして間に合わせました。1回戦はトライデントジムの竹内選手が相手で、強い相手に何とか勝てたんですが、2回戦で敗退してしまいました(ちなみにその時の優勝は、元同門のグラップラー脇選手。)。
全日本選手権はそんな結果でしたが、九州選手権優勝を評価してもらって、ギリギリ、プロ昇格できました。

――― でも、MMAを始めてからの年月を考えると、順調すぎるほど順調にプロまで行きましたね。

はい、トントン拍子でしたね。プロに上がるまで1年半くらいで行けちゃったんですよね。

勝手に浸透していくシヴァエフというリングネーム

――― シヴァエフというリングネームになりました、というような宮崎さんのブログを読んだ記憶があります。シヴァエフ選手が、凄く苦い顔をしていたような。

シヴァエフっていうリングネーム、最初は正直、凄い嫌でした(笑)。

――― どういう経緯で決まったんですか?

佐藤ルミナさんのROOTSに出稽古合宿に行った時に、車の中で皆と一緒に、UFCのチマエフの試合を見ていたんですよ。僕は、普段、ジムでは「シバ」って呼ばれてるんですが、宮崎先生と八嶋さんが、そのチマエフの試合を見ながら、「シバ…お前のリングネーム、シヴァエフっていいんじゃないか?」って言い出して。その時は、自分がプロに昇格できると思ってなかったし、まさか、本当にそんな訳のわかんないリングネームになると思ってなかったから、冗談だと思って、適当に流していたんです。

そうしたら、宮崎先生や八嶋さんが、たまに、SNSに僕の写真をあげて、そこに「シヴァエフ」って書いてるんですよ。そうすると、僕のことを知らなくても、宮崎先生や八嶋さんのことを知っている人はたくさんいるわけで、初めて会う人から、「シヴァエフさんですよね。」って言われるようになっていったんですよ。
違うー!と思いながらも、勝手にリングネームが広まっていって。

「ヴァ」か「バ」かで決選投票

――― なし崩し的に浸透していくシヴァエフ(笑)。

それで、正式にリングネームを決めることになったときに、打威致とかHAMMER KATU先輩などジムのプロ選手やインストラクターがアイデアを出して、投票で決めることになったんですけど、みんな、「シヴァエフ」以外の名前を出してきたんですよ。

でも、いざ投票という時になったら、宮崎先生が、「ちょっと待て。お前、シヴァエフ以外にありえるか?」と言い始めて。
で、結局、投票になったんですけど、ウに点々か、ハに点々かで投票になって。満場一致で、ウに点々の「シヴァエフ」になって、今に至る感じです(笑)。

――― 実際、本名を知らないファンの方が多いですよね。

だから、サステインの興行だとABEMAのコメント欄に、「こいつ、日本人やんけ!」とか、マイクで話せば、「日本語うまいんかい!」とか突っ込まれてるんですよ。
MMA業界の方には、「~エフ」とついてたら、ああ、強い人の名前よね、ってわかってもらえるんで楽なんですけど、それ以外の人に「シヴァエフ」ってリングネームなんですって言うと、ん?って顔をされて、エヴァ?とか言われたり。

――― MMA好き以外の方には、その名前が何にかけているのかわからないですものね。

秋山翼さんとかも、僕がシヴァエフと名乗る前から知ってるはずなんですけど、シヴァエフって呼んでくるんです。
今も「シヴァエフ」が嫌じゃないかっていわれれば、ちょっと嫌かも知れないですけど、でも、一周回って、気に入り始めてるところもあります。もう慣れてきちゃったし、自分の知らないところで、僕のことを「シヴァエフ選手」として応援してくれる人も増えてきたので、このまま行くのが良いかな、と思っています。

――― でも、どこかのタイミングで、本名に戻すこともあるかも知れませんよね。

それがあるとしたら、絶対ここでしたよね。Me,Weへの移籍が絶対そのタイミングだったはずなんですけど、ところがどっこい、Me,Weの山崎代表が、これを気に入っちゃって、もうしばらくそれでいいじゃんって。
宮崎先生に試合決まりましたって連絡したら、「リングネーム、本名に戻すのか?」って言われて、あなたが!ってちょっと思いましたけど、シヴァエフで行きますって(笑)。

――― ファンは気に入ってると思いますよ!

言いやすいし、検索で見つけやすいですしね。ただ、新人王トーナメントを初めて見た人はビックリしたと思います。誰だよ、シヴァエフって(笑)

 

とりあえず、格闘技を始めるきっかけ、アマ修斗からプロ昇格するまで、そして、シヴァエフというリングネームの経緯を語ってもらっていただきました。
プロでの活躍は、PART 2へ!

Interview : シヴァエフ(リバーサルジム新宿Me,We/2024年度修斗ライト級新人王)
PART1 https://fightmemo.com/fighter/1061
PART2 https://fightmemo.com/fighter/1085