Interview : 環太平洋フェザー級王者 上原 平(リバーサルジム横浜グランドスラム)
今回は、上原平選手にお時間をいただき、インタビューをさせていただきました。
主にインタビュアーの能力と経験の不足から、ここだけの話みたいなものが引き出せそうになかったので、とりあえず、ファイター・上原平のキャリアを一通り話していただくこととしました。少しでも、上原選手のことを知る一助になれば幸いです。
(収録日:2025年6月10日)
格闘技を始めるきっかけ
‐‐‐ 上原選手は、横浜生まれ、横浜育ちで、もともと野球をやっていたとのことですよね。
ずっと横浜ですね。高校だけ横須賀だったんですが、大学も横浜で、小っちゃい頃からずっと横浜に住んで、野球をやっていました。
‐‐‐ 格闘技を始められてどれくらいになるんですか?
大学の終わりに、リバーサルジム横浜グランドスラムに入って、もう、丸8年ですかね。
ちょうど就活終わりで、どこかの会社に行った帰りだったんですが、ジムに見学に行ったんですよ。体験じゃなくて。そしたら、当時、勝村さんのベルトとか、選手時代の写真みたいなのが飾ってあって、カッコよかったんですよね。「ああ、この勝村周一朗って人が代表なのか。」って。
勝村さんのことは、全然知らなかったんですよね。でも、名前は聞いたことあるな、昔、テレビで見たことがあるかも…くらいの認識で。入会してから色々調べました(笑)。
‐‐‐ 当初はプロ志望ではなかった?
全然プロ志望じゃなくて。山本KIDさんとか、魔裟斗さんとかが活躍する時代にテレビで見ていた世代なので、そういう派手な世界なんだろうし、憧れるところもあったけど、別にそんなにうまくいかないだろうなって気持ちもあったんで。
最初はフィットネス目的というか、野球もやめて特に運動する機会もなかったんで、ちょっと体を動かせればいいかなって思いで、初心者のキッククラスなんかに出ていましたね。
突然のアマチュアMMAデビュー
‐‐‐ そこから試合に出ることになっていったきっかけは?
当時、GRANDSLAM 7っていう、田中路教さんがメインイベントを務めてた大会があって、それに、うちの若い子たちもアマチュアで試合に出します、みたいな流れがあって。
多分、相手がいなかったのか、勝村さんから、2,3週間前ぐらいに「上原、70㎏で試合できる?」て言われて。ジムに入ってから、キックとか有酸素運動で10㎏くらいやせ始めた時期だったんですよ。それで、できるかもしれないです、って。
‐‐‐ そんな昔の選手みたいな適当な感じで!
試合って言われても、キックボクシングなのか、MMAなのか、柔術なのか、何にも知らなくて、言われたままに。それが一番最初のMMAの試合でしたね。
入会して3,4ヶ月くらいでしたね。技術的にまだ何にも身についてないけど、やるか!って。
‐‐‐ 実際にMMAの試合を戦ってみてどうでしたか?
きつかったですね。当時、地元でボクシングをやっている友達に公園でミットを持ってもらったりとかしていて、試合が終わった後に、どうだった?って話をしたんですけど、「超きついよ。野球でも走り込みとか一杯したけど、それと比べ物にならないくらいしんどかった。」って話をしていましたね。
‐‐‐ それでも、格闘技を続けようと考えたんですね。
就活をしていたけど、受けていたところがダメだったり、これといってやりたい業種があるわけでもなくて。何となく就職して、好きでもない仕事をだらだら続けて楽しいのかな、ということも考えていて。それで、格闘技で頑張ってみるか、情熱を注いでみようかな、となりました。
仕事は、友達に紹介してもらったところにお世話になりながら、卒業まで毎日ジムに行って練習していましたね。
「アマシュウ?」 アマ修斗へのチャレンジ
‐‐‐ アマ修斗での試合はどうでしたか?
最初に出たアマ修斗は、当時あった東京オープントーナメントという、大森(ゴールドジム)でやっていた大会に出ましたね。
1,2回くらい勝って、ジムにアマ修斗で戦ってる先輩から、上原も一緒にアマ修やるか!全日本目指すか?と声を掛けてくれて。
でも、そのころはまだ、「アマシュウ?アマ修ってなんだ?」と、アマ修斗が何なのかよくわかっていなくて(笑)。
どうやら、その「アマ修」っていうのを頑張ってプロになるには、全日本選手権っていうのに出なきゃいけないらしいぞ?で、地方の大会に出て結果を残せば全日本選手権っていうのに出られるらしいぞ?みたいな感じで、だんだんわかってきて。
それで、その先輩が、今度、名古屋の東海選手権に出るという話があったんで、じゃあ、一緒に行くか!って話になりました。ウェルター級は人数が少ないこともあって、東海選手権にエントリーもできて、準優勝できて、すぐその次に、関東選手権があったんですけど、そっちは一回戦で負けて、ダメかなと思ったんですよね。
全日本は、適正階級のライト級だと実績的に厳しいんだけど、ウェルター級なら出られるかも知れないぞ、出られるなら出ておいた方がいいぞって勝村さんに言われて、結果、何とか出られることになって。
‐‐‐ 2018年の全日本アマチュア修斗選手権ですよね。
一水選手が決勝の相手でしたが、無事に勝って優勝できました。あの年は、井口さんとか野尻君とか同期で。野尻君は目立っていましたね。
だから、アマ修斗はよくわからないうちに始めて、運が良かったこともあったし、僕なんかは、そんなに勝って順調だったってわけではないですよね。
ZST、修斗でプロデビュー 天才かと思って
‐‐‐ そこでプロ昇格して、すぐデビューというわけではなかった?
全日本で優勝したは良いけど、勝村さん的には、「まだ、プロデビューのレベルじゃないよ。」という意見で。僕自身も、その通りだと思ったし、練習で毎日ボッコボコにされていたんで、とりあえず、プロデビュー戦はちょっとおいといて、セミプロみたいな試合で経験を積んでいこう、ということになりました。
それで、ZSTのSWATとかで前座くらいの扱いで3戦くらい出させていただいてそこで経験を積んで、1年後くらいに修斗のデビュー戦でしたね。
‐‐‐ プロ修斗デビュー戦はどうでしたか?
12月の新宿FACE大会で、rootsの水野選手との対戦でデビューしました。
蹴り足を掴んでひっくり返して、バーンと殴って勢いで勝利できました。
いや、もう自分は天才なんじゃないかって思って。練習ではボコられてるけど、試合では、なんだかんだで天才じゃないのって勘違いして(笑)。
調子に乗ってたなんていうレベルじゃなくて、なんにも状況がわかってない感じでしたよね。
‐‐‐ 好調なデビュー戦でしたが、翌年からコロナ禍に突入ですよね。
デビュー戦が2019年だったので、翌年からはコロナで緊急事態宣言が出てしまって、色々と難しくなりましたね。トントントンと試合したかったんですけど、なかなか決まらなくて、モチベーション的にもきつかったですね。
それで、半年後くらいにZSTに出させてもらって、Fighting NEXUSでチャンピオンにもなっている岸野紘樹選手と対戦して普通に負けて。キャリア差もあって、普通に実力で負けて。タックル取られて、漬けられて、殴られて。なにやってるんだろうって…。
‐‐‐ そこから、また修斗ですよね。
また半年くらい空いて、ヨシ・イノウエ選手とドローで。そこから2ヶ月後くらいにマックス・ザ・ボディ選手と対戦しましたね。
‐‐‐ マックス選手はでかかったですよね…。
その時は、コロナ禍で当日計量の77kgで戦って、僕もなんの節制もしないでそのまま出るみたいな感じだったんですけど、マックス選手はデカかったですね…で、実力差も見せつけられて。
そのあと、またなかなか試合が決まらなくて、磯部選手と試合をして、2023年からインフィニティリーグに参戦ですね。
2023年インフィニティリーグ参戦~環太平洋王座獲得
‐‐‐ 上原平・竹原魁晟・CHAN-龍・浜松ヤマト・磯部鉄心によるインフィニティリーグのメンバーはどう思いましたか?
オファーが来たときは、磯部選手とまたやるんかい!って。ちょうどタイミングもあったかも知れないですけど、浜松さん以外は、自分を含めて、そんなに戦績を重ねていない人たちが集められていたけど、下馬評的には、自分は多分、低い方だろうなって思ってましたね。
‐‐‐ リーグ戦序盤で竹原戦、浜松戦がドローとなって、勝ち星なしっていうのはしんどかったのでは?
僕のスタイル的に、最初からそんなにフィニッシュを狙いに行けるわけではなくて、ドロドロにするのが自分のスタイルで、1R取られても、2R取り返してという感じなので、2Rだと難しい。今、そのスタイルの改善を試みてるところですが、3R制の方が自分には合っていますね。
‐‐‐ リーグ最終戦の磯部選手の試合の時は怪我をされていたようでしたが?
1Rに払い腰で投げられて、ぐるんって取り返したんですが、その時に左肩を脱臼してしまって。
勝村さんに怪我を伝えたら、「左がダメ?…じゃあ、右で行けっ!」って(笑)。
‐‐‐ 最終的にリーグ戦は2位となり、その後、優勝した竹原選手と王座決定戦と組まれましたが、当初の日程は竹原選手のけがで延期され、スライドされた試合も中止に。
直前キャンセルで2回流されるっていうのは、なかなかないよな、全然試合できないな…って思いましたね。
3月の王座決定戦が、竹原選手の怪我で流れたときは、「まぁまぁ、仕方ないな。」と。勝村さんとも話していたのですが、3月だった試合が7月になって、時間的に余裕ができて、対策的にほぼほぼ勝てるというところまで、もう1回練り直せるのは良かったなという感じでしたね。
‐‐‐ 結局、7月の試合も竹原選手の減量中の体調不良で中止。上原選手が不戦勝で王座獲得という結果に。
試合で勝ってベルトを取りたかったなっていう思いました。せっかく練り直してきたものを試したかったな、というのもありましたね。
‐‐‐ ちなみに、この時は、竹原選手との試合の代わりに、リオン武選手とエキシビションで。
見ている人はどうかわからないですけど、リオンさんとあそこに立てるっていうのは、個人的には凄く感慨深いことでした。
もう丸3年くらいになるかな、RISING SUNに行かせてもらっていて、体にしみこませていただいて(笑)。
リオンさんはヤバいです、強いですよ。45歳の強さじゃないです(笑)。もう1試合やってほしいですよね。
環太平洋王者として防衛戦へ
‐‐‐ そのあと、防衛戦まで試合間隔が空いたのは、怪我をされていた?
もともと野球をやっていたときから、肘がよくなくて。肘の関節内遊離体、「関節ネズミ」っていうのがあって、竹原戦のあと2週間後くらいに手術したんです。
前々から痛すぎて、全然曲げられなかったんですが、これは、竹原戦に勝ったら、まだ格闘技を続けられるから、手術しようと思って決めていました。
そのあと練習復帰には半年くらいかかるといわれていたんですが、意外と早く回復して練習再開できたんで、11月くらいに試合できるかなって思っていたんですけど、SASUKE選手vs椿飛鳥選手の試合も決まって、ちょっとタイミングが合わなかったですね。
‐‐‐ そのSASUKE選手vs椿選手は、上原選手から見てどうでしたか?
3月の試合を見て、感動しちゃって。椿選手に感情移入じゃないですけど、彼も働きながら格闘技をやっているじゃないですか。僕も、一応働きながらやってるんで、色々と重ねて見ちゃうところがあって。
ライバルというか、対戦する可能性もかなり高いので、純粋に応援という感情ではないですけど。
‐‐‐ 個人的には、上原選手vs椿選手が先からなと思っていたので、非常に驚きました。選手としては、どう感じられていましたか?
僕もそう思ってましたね。まぁ、でも、結果的に椿君の思い通りになったな、って。試合を見ても、凄く準備してましたよね。
SASUKE選手も、やっぱり強くて、最初のテイクダウンの時点でヤバいなって。ガンガン振り下ろして。でも、そこから椿君が盛り返して、最後はSASUKE選手が極めて。面白い試合でしたよね。
‐‐‐ 上原選手は、その大会に続く新宿FACE大会で、青井太一選手との試合が組まれましたね。
年明けくらいから試合の準備をしていたんですけど、新宿FACEで青井君と防衛戦っていう話になって。
青井君も年末の大阪大会で、山本健斗デリカット選手をKOしていたんで、勝村さんや(伊藤)盛一郎さんと、青井君との試合もあるかもねって話はしていました。青井君は、あの距離が得意ですよね。
‐‐‐ 試合はスプリットでしたが、見事防衛でしたね。
楽しかったです。ブランクで試合勘みたいなものが鈍ってたかもしれなくて、1Rはフワフワした感覚があって、ヤバい、飲み込まれるかもって思ったんで、組みに行ったら、意外と力が強くて、差し返す反応も速くて、けっこうきついなと感じましたね。
でも、1R終わってコーナーに戻ったら、(練習仲間の)関口祐冬vs安芸柊斗戦と同じだからって。ここを耐えたら、このあと絶対落ちてくるからって。って声をかけてもらって。
‐‐‐ 実際、2Rから巻き返す形になりました。
でも、意外と、青井君が落ちてこなくて。根性ありますよね。ガードの上からもガンガン打ってきて、全部、強振みたいな感じできつかったですけど、僕も打たれ強いんで。もっと明確に差をつけて勝ちたかったですけどね。
目標は、勝村さん、リオンさん、将光さん…先生たちが巻いてきた修斗世界王座のベルトとその先
‐‐‐ 環太平洋王座の防衛も果たして、そうなると、次の試合はどんな予想でしょうか?
そうなんですよ。正直、個人的には、ランカーだと、TOMA選手か…宇藤選手があるかな、と思ってたんですけど、でも、宇藤選手は5/25大阪大会で負けちゃったんですよね?その対戦相手の韓国人選手も強いのかな。椿選手も、もう修斗には出ないみたいな感じですし。
あとは、夜叉坊さんが青井選手に勝っていたら、夜叉坊選手も全然あったなと思いました。修斗的にもやらせたかっただろうし。
‐‐‐ もし、世界王者SASUKE選手がRIZINにレギュラー参戦することになると、やっぱり、世界のベルトがどうなるかというのも気になりますね。
暫定王座かな…。もしTOMA選手とやるなら、もう環太平洋のベルトは取ったことがあるから、あまり興味ないかもしれないし、暫定でも世界王座を賭けて、という感じなら、モチベーションも上がってくれるかな、とも考えてます。
‐‐‐ 今までの例から考えると、次は暫定王座戦になりそうですが、修斗で伝統的によくある、呼んでみたら無名だけどやたら強い外国人選手ともやってみたいですか?
それも良いですね(笑)。
‐‐‐ さらに、その先の展望はありますか?
やっぱり、ちゃんと修斗の世界チャンピオンになって、というのが僕の今の中間的な目標ですね。
‐‐‐ 修斗の世界王座を獲って、そのうえで、次のステージを考えるということですね。
自分のエゴというか、理想の道っていうんだったら、正直、海外に行きたいんですよね。でも、そんな贅沢なことばかり言ってられないですし、今後、僕がどう食ってくかっていう話になってきますしね。
それに、国民がみんな知ってるような、高い知名度があって、応援してくれている身近な人が喜んでくれるのは、RIZINだったりするので、それも大事なことだなと思うんですよね。
でも、まずは、修斗の世界王座をしっかり獲りたい。リオン武さん然り、佐藤将光さん然り、そして、もちろん、勝村さん然り。僕の先生たちがみんな巻いているベルトなので、そこは確実に獲りたいっていうのが、今の目標ですね。
‐‐‐ 長時間のインタビュー、ありがとうございました!
【編集後記】
実は、「このサイトを作るにあたって、選手のインタビューもやってみたい。」と、ひとことインスタで漏らしたところ、上原選手から「私で良ければ、何でも話します!」と声を掛けていただいた。本当にありがたい限りです。おかげで、第1号を送り出すことができました。
上原選手とは面識がなく、はじめましてという関係で、一方的に見ているだけだったので、あまりパーソナルなことは知らず、まとまったインタビューも少ないので、これは、自分が上原選手を知るインタビューにしようという思いがありました。冒頭の通り、能力不足が主な原因で、大きく話題を集めそうなことを深堀していくことはできなかったですが、結果的には、上原平という選手のアウトラインがつかめて良かったな、と思っています。
上原選手は、社会人として、意外としっかりしている。
予定をすり合わせる際のDMのやりとり、お会いしてからの人当たり、言葉遣いがよく、そつがなく対応されて、「なんか、格闘家っぽくない!」という印象すら受ける。かわいがられるタイプのようにも見受けられる。でも、アマ戦のデビューの経緯や、しんどいと言いつつ、はまっていく様子、強い人と戦いたいという欲求。やっぱり、一般人みたいに普通じゃないな、というところも光る。
そして、勝村さんたちが巻いた世界王者のベルトへの決意。上原選手だけで極められることではないから、どうなるかはわからないけど、期待して見守りたいですね。是非、このあとも勝ち進んで、後々、有名になった時、このインタビューまでさかのぼって読みに来る人が大勢出てくるような活躍を期待しています。
<上原選手に関連する動画>
SHOOTO GIG TOKYO Vol 38 BTS(behind the scenes)#8
リオン武選手とのエキシビション
プロ修斗デビュー戦
<上原選手のインタビュー>
現在、上原選手が勤務するバリュエンスのインタビュー。会社員と修斗の選手を両立するデュアルキャリアをサポートしてくれています。
修斗王者と副店長の二刀流。人生を賭けて「表現者」になる道 -上原 平-
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